<距離と日程と予算>
まずはどのぐらい歩くかです。1日の目安は30から40キロにしています。その根拠は時速4キロで8から10時間で、途中休憩を昼1時間、休憩10分で8回程度と考えても、11〜13時間になるからです。一般に人間の歩く速度は4キロといわれますが、実際はもっと速く、5キロ程度です。しかし、このペースで10時間以上歩くのは大変難しく、マメなどのアクシデントですぐに4キロを割ってしまします。経験上からも、平均4キロと計算するのが実際に近いようです。初めて歩くのであれば30〜35キロ程度を限度として、その経験で距離を延ばしていくのがベストです。コース設定によっては、途中でのリタイアができない場合があります。自分を過信しない勇気が必要です。
数日間に渡り歩く場合は、1日目より短い距離しか歩けません。所詮、一晩で回復する限界は決まっており、また、歩き始めると数時間で足が痛くなってきます。’96年の経験では1日目が46キロで2日目が28キロでしたが、2日目の方がつらい思いをしました。距離もさることながら、その時のささいなことが体調を大きく変えてしまう事が多く、足を引きずってからの残り4キロは思っても見ないほど時間がかかるものです。
歩く時期は、もっぱら夏にしています。理由は日中が長い事と、夜になっても冷え込まないことです。初めて歩いたとき、初秋でさらに雨が降り始め、寒さに足と体が冷え込んだ経験があるためです。マラソンであれば体の発熱からいっても、多少、寒いくらいがちょうどいいのですが、歩く場合は休憩の度に体が冷えてきて体調を崩しかねません。ただ、晴天の夏の日は、ジリジリとした暑さが体力を消耗させるので、夏バテする人にはお勧めできないですね。
予算はあればあるほど良いわけですが、そんなに自由にならないと思いますので(少なくても筆者は)、お金がかかるものをまとめてみて予算化していくのがいいでしょう。
予算=(道具や食料などの準備品)+(自宅と始点・終点との交通費)+(数日であれば宿泊費)+(当日の食事やジュースなどの飲食代)+(もしもの時の予備費)
となります。特に、当日の飲食代は思ったよりもかかる傾向にあります。たとえば、真夏であれば1日に缶ジュースなどは7〜8本はかるく飲んでしまいます。また、予備費は、やむなく延泊するときや、リタイヤをして帰ってくるときなどに必要です。
<コースの決定>
コースの選定でもっとも大切なのは安全性です。どんなに景色が良くても、いざというときに連絡ができないようでは危険ですし、かといって繁華街や一般国道では、大型トラックが頻繁に往来し交通事故という危険があります。特に、歩道がない道路はハッとするほど車が近づきます。また、この歩道が整備されている道路が以外と少ないのです。歩くことを本当に考えているのか、といいたくなるような所もしばしば見受けられます。白地図に線を引くだけでは、人に優しい道路はできませんよ>建設省 (^^;)
当たり前といってしまえばそれまでですが、出発地点と到着地点の位置も肝心です。自宅からそこまでの距離は、交通機関に頼りざるを得ないからです(伴走車がいるなどの優遇されている場合を除きますが)。つまり、出発地点まで電車でも3時間かかるのであれば、当然歩く距離もその分短くなります。さらに、その交通機関の運行している時間もチェックしなければいけないので、時刻表などを入手してから検討するとスムーズにいきます。
もし宿泊をするようであれば、それもコース設定の時の検討課題となります。まず、宿泊が旅館・民宿などの場合は夕方の7時がチェックインの限界です。よって、そのぐらいで到着するコースを考えなければいけません。ホテルは比較的時間は融通が聞きますが、食事が期待できませんのでコンビニ等で買い出しが事前にできることが条件です。それに比べ、テントによる野宿は時間制限が無いので予定が組みやすいのですが、荷物が増えるのを覚悟しなければいけません。また、テントの宿泊は体を休める、という観点からあまり初心者の方にはお勧めできません。たとえば、風呂に入るだけでも、翌日の体調を大きく作用するのですから。
昼食のだいたいの時間も予想しておきます。特に、町中なら適当な食堂やコンビニで、となるのですが、山道で食料を買う店がなさそうな場合は、
買い出しができないからです。かといって、あまり速く買い出しをしてしまうと、夏の温度とリュックの熱が相まって、すべてが「納豆定食」になりかねません。食料と同時に自販機などの飲み物の調達計画は言うに及ばずですね。
まだあります。コースの起伏です。地図で見ていると道路の起伏は以外と忘れがちですが、実際に歩くとこれほどつらいものはありません。よく言われることですが、登りより下りの方がつらい、そのとおり、’96年は下りで膝を痛め泣くような苦しみを経験しました。さらに、以外と忘れがちなのがトンネルの有無です。その理由は、ほとんどのトンネルに歩道がないか、もしくは非常に狭い歩道になっていることです。トンネルを人間が歩くことを意識しないために(造る方も、ドライバーも)狭く、危険です。我々はトンネルに入ると手持ちライトを先頭者が持ち、対向車が気づくようにしています。呼吸もしたくないほどの空気に包まれる日本のトンネルは何とかなりませんか>建設省Part2
夏の暑い時期に歩くせいか、どうしても意識してしまうのが日陰です。炎天下の暑さは半端ではなく、帽子もさることながら、少しでも日陰があるコースを選びがちです。これは町中ではあまり効果がありません、というのも木陰と建物では、同じ日陰でも涼しさが格段に違うからです。また、時間により陰のできる方向を考慮に入れればもっと計画的ですね。
最後に、なんといっても歩いていて景色の良いコースです。自然は安らぎを与えてくれますし、なにより、歩く勇気を与えてくれます。「便利と裏腹に素晴らしい自然がある」と実感させられるのは、こんな時です。
「そんな条件を満たすコースなんて無いじゃないか...」はい、だからこそ、コース選定の楽しみがあるのです。ある人曰く「競馬の予想より面白い」所以です。
<参加者と意思統一>
何を実行するにも、意志の統一というのは大切なことですが、計画の立案やコースの設定などは参加者の基本的な同意が前提となります。参加者の中で意見の食い違いや人間関係に問題があると、特に、限界近くになって不平不満となって言葉を突くようになります。これでは険悪なムードで歩く事になり、休憩のタイミングやペース配分などの、全体で決めなくてはいけないことが決定できなくなります。例えば、参加者の1人が足を痛めて歩く速度を遅くしなければいけないとき、「こんなペースじゃ間に合わないよ!」などの文句から「だから連れてくるのは嫌だったんだ」と個人攻撃が始まります。こうなると歩くことそのものが不可能になります。そんなの大丈夫、と思うかも知れません。でもそれは平常心の時、精神的に追いつめられたとき、人は人としての根元を表すものです。
だからこそ、無駄な争いを避けるために決め事は全員の賛同を得るのが良いわけです。それには日頃からのコミュニケーションとチームワークが大切で、自分の「窓」の解放(自分をさらけだす)から始めなければいけません。野球などのチームスポーツと登山のアタックに共通する、互いの役割意識みたいな感情がないとうまくいきません。
意思統一ということから言えば、反省会(飲み会)の実施をお勧めします。苦労を共有する仲間として、酒を飲みながら「あ〜でもない」「こ〜でもない」と話題は尽きず、大変楽しいものです。しかし、酔いが増すにつれ「あの時は本当はこう思った」などの本音が見え隠れし、その人の「窓」を知りうる上でも興味深いと思います。’96年の反省会の席である人が漏らした言葉は、ゴール寸前に私が休憩を圧して歩こうと言った時「後ろから張り倒そうと思った」という言葉でした。それまで足を引っ張っていた私にとっては精一杯の誠意だったのですが、休みたかった彼にとっては地獄へ突き落とされる思いだったのでしょう。その言葉にちょっと驚いたのですが、それよりも本音を話してくれたその事にうれしさを感じたのです。
<準備作業>
時間や費用が許せば車などで決定したコースを、できるだけ詳しい地図を片手に走る事をお勧めします。距離は地図によって知ることができるのですが、道路の幅、自販機・食堂・コンビニの位置、道路の起伏、迷いそうな道の目印などを知るためです。道路の幅は歩道の有り無しに影響していることが多く、注意が必要です。特に、ランプウェイは完全に歩道を無視して造られているもので、疲れた足を奮い立たせて走って横切るしかありません。自販機は完全な位置を把握し切れません(山道なら数が少ないので簡単ですが、だからこそ重要です)ので「この辺は少ない」などのアバウトな把握で良いと思います。食料を買い出しするためのコンビニや食堂は重要で、昼の時間帯に歩く地域のポイントはすべて記入しておきます。最後に、道の起伏もチェックします。長い登り坂や砂利道などを記録します。
その他には、出発及び到着地点までの交通機関の時刻表も調べておきます。時刻表が古くて、到着しても電車がなかったなんて洒落にもなりません。もし、車で行くときは、この車の手配と駐車場の確保もします。
本番の前日には、当日の食料などの日持ちしないものの買い出しがあります。当日の出発が早い時間帯ですと朝食もとれず、食料の調達も思うように行かないからです。リュックは保存に最悪な環境なわけで、生ものや冷温保存するものは外さなくてはいけません。
<持ち物>
独断と偏見に満ちた我々の持ち物としてこんなものを持ち歩いています。
リュック、靴、地図、記録用紙、着替え(夏は着替えが少なくて良い)、針などのまめ対策道具、カットバン、バンデリン、瞬間冷却剤、筋肉痛をとる薬、トイレットペーパ、帽子、ウエストバッグ、靴下、靴の底敷き、タオル、時計、万歩計、宿泊道具(テント、シェラフ、マット)、自炊道具、水タンク、バーナー(コンロ)、コッヘル、カメラ、ウオークマン(ラジオ)、テーピング、休足時間、雨具(ポンチョ)、保温ポット、緊急用具(毒蛇吸い出し)、蛍光シール、ライター、お金、食料、懐中電灯(夜、またはトンネル用)、根性(^^;)
<練習歩行>
必ずしも練習は必要ないかも知れませんが、私たちの場合は2回ほど練習歩行をします。本番の1ヶ月前と2週間前に行い、自分の体調とマメの出来具合(?)を見ます。同じ靴であればマメのできる位置は決まっており、本番には予めその位置に保護のためにテープやカットバンを貼っておきます。いずれマメはできるのですが、幾分時間を稼げるようです。練習の期間はこれより短くすると練習でできたマメが治らず逆効果になります。
練習コースは本番のコースが一番良いのですが、本番時の感動が薄れるという理由から、適当な別コースを設定して歩きます。距離は20〜25キロ程度を目安としていますが、これでも、ほぼ一日を費やします。また、練習と言うことで考えるとリュックの重さを実感することも大切な練習で、荷物の重さが如何に歩くのに負担がかかるのかを理解できるでしょう。
この練習は、文字通り「足慣らし」が目的なのですが、最近、この練習を使って様々な実験をするようになりました。新しく買った靴の歩き具合や靴の中敷きテストなどの個人的実験から、休憩時間のタイミングや歩くスピードなどの全体的実験まで、試行錯誤を繰り返しています。要はマメを防ぎ、足を疲れさせないための事ですが、なかなかこれがベストというものが見つかりません。バッグパッカーと言われる諸先輩方、アイディアや経験などをお持ちでしたら、ご教授願えませんか?
ここまで準備を進めると「さあ、やるぞ!」という、いわゆる、小学校の遠足のような気分になるものです。恥ずかしい話ですが、前の日はなかなか眠れない、なんて事があるのです。まあ、そんな気分的なことはさておき、実際の本番での注意事項を書きましょう。
本番のスタート時に注意しなくてはいけないことは、ハイペースにならないことです。意気込みが先走り、どうしても無理をしがちです。しかし、歩くべき工程は長く、長時間です。最初から飛ばしては後が持ちません。最初はグッと堪えてペースを守るのが肝要です。わたしは、もともとスロースターターなので、練習より早いとすぐに気がつき「ついていけない」を実感してしまいます。<参加者と意思統一>の項にあった「相手を思いやる」ことが、こんな所から崩れる訳です。
準備の段階では決めているつもりの休憩ですが、以外と取るタイミングが掴めないものです。と言うのも、規定の時間が近づいているのに「休憩しよう」という奴がいないのです。各人は今の時間を知っているし、休憩しなくては、ということも承知しているはずなのに、それを言わないのです。「おれが最初に休憩しようなんていいたくない」という、男のサガとも言える負けず嫌いの気持ちがそうさせるのでしょうか(ばかげた話と言ってしまえばそれまでですが)。しかして、黙々と歩き続けるわけです、時計を気にしながら...。そこで、「休憩しよう!」という勇気(?)が必要です。この役割はチームの中におのずと現れるはずであり、現れなければ成功はないと思います。
役割について、もう少し説明が必要です。せっかく歩くのだから、写真を撮りたい、歩いた歩数も記録したい、という事になりますが、当然、担当者を決めておかなくてはいけません。これが結構大変な作業になります。というのも、元気なうちは良いのですが、疲れてくると何もしたくなく、とにかく休みたくなります。休憩の写真ばかりではつまらないから歩いている写真をとろうとすると、バックからカメラを取り出し、みんなより速く歩いて待ちかまえる必要があるし、休憩時の歩数や時間記録も、短い休憩時間に、水を飲んだり、一服したり、足にスプレーをしたりと忙しい中、記録しなくてはいけません。つまり、役割は自主性が必要だということです。
雰囲気を盛り上げる、というのも役割のひとつかも知れません。歩くことそのものは、単調で疲れてくると雰囲気が沈みがちになります。軽いジョークはそんな気持ちを一掃してくれます。また、ラジオもいい方法です。疲れたときにフッと流れる音楽は、時には勇気を、時には和やかな気持ちにさせてくれます。
歩き始めて20キロを過ぎたあたりから、足が痛くなります。マメや足の筋肉痛がその原因ですが、マメは事前に出きる場所がわかっている場合は、カットバンなどを貼っておくことである程度後送りできます、しかし、筋肉痛はちょっとやっかいです。と言うのも、その筋肉痛をカバーしようとして歩くために、別なところに負担がかかり、新たな筋肉痛を招きます。今までの経験からすると、一番弱いところから痛くなるようで、この「筋肉痛の伝染」には特に注意が必要です。無論、これらのすべてに耐えるしかないのですが、この痛みは味わった人しかわからない世界です。
休憩もだんだん忙しくなってきます。リュックを下ろすと同時にマメの治療、筋肉痛対策、水分補給、暑さ対策、時には着替え、タバコを一服...アッと言う間の10分が過ぎてゆきます。そして出発なのですが、歩き始めがまた痛い。見渡すとこれから歩く道が延々と続いている...「やめたい!」と思うときです。「ここでくじけてはいけない」と勇気を奮い起こしては見ても、歩き出して5分も過ぎない内に休憩する前の痛みが舞い戻る。残りはあと何キロかと考えると憂鬱さは増すばかり、せめて次の休憩時間まではと時計を見ると「ずう〜と先だよ」と時計の針が答えてる。足を一歩踏み出す度にズキンという痛みが脳を刺す。こんなこと何でやろうと思ったのか、何の意味があるのか、自問自答が続く...「やめよう!」と思うときです。この時に残されるものは、自己葛藤に勝つこと、限界へ挑戦する勇気だけになります。
そんなときに限って、仲間が崩れ出したりします。そうなると、思ったペースを維持できなくなったり、休憩のタイミングが狂ったりと、まさしく「泣きっ面に蜂」状態です。こんな時に人の本性が現れます。言い換えれば、心が裸になった自分が見える時でもあります。みんなが辛いからこそ人を思いやることが必要なんだ、そう思い、行動する勇気が求められます。
苦しい体験ほど素晴らしい思い出になる、といいます。たしかに自分を振り返っても、楽しい思い出は少ないようです。また、苦しい体験は懐かしい思い出として残るようにも思います(楽観主義者かな?)。そんな事を意識してか、最近はよく記録を取るようになりました。写真はもちろん、歩いていて気がついたこと、自分の思ったことを休憩の度にメモに記録します。1泊の時はその夜にその日のことを書きます。思い出をより確かで繊細で艶やかなものにするためにお勧めしたい事です。
いよいよゴールを迎えることになります。到着したら恥を忍んで目一杯完歩を味わうべきでしょう。他人の目など気にせず、がんばった自分とがんばった仲間に、よくやった!と声をかけるのです。また、心にジーンとくるのもこの時です。私の場合も、仲間がつぶやくように「がんばったよね..」と言ったとき、胸にこみ上げるものを押さえることができませんでした。極度の疲労、痛みを共有した仲間だからこそ、心に訴える何かがあったのだと感じています。
